1972年“など” と過ごした思い出話

 
       

                              音楽で安らぎを ! 歌で笑顔を ! ヴァーテックスレーベル

 
《このHPは 1970年代の愛西市と津島市 のアマチュア音楽シーンを懐かしむ所です》                  パソコン専用ホームページです。
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 “など” の思い出話V    ☆ そして月日は流れ 2020年〜2022年

思い出話 58 【 解散コンサートから40数年が経て 】
 
 2020年 3月・・・ こんな日常を誰が想像できたでしょう・・
 
再結成に向けて2019年11月に、久しぶりに音を合わせた “など” のメンバーたち
 
なんとなく 「演奏出来そう」と思ったみんなでした・・・が
 

  2020年は 新型コロナウイルスが世界で蔓延してしまったのです。
 

  ●3密を避け、うがい手洗いを徹底し、そして「STAY HOME」
 

孝之進は関東圏 正衛門 滋之丞 仁之助 塚の局は中部圏に住んでいて
 
  ●練習はストップ!
 
孝之進も「これで再結成は無期限延期だな」と思っていた その時でした!
 
パソコン関係には 非常に疎い塚の局からLINEが孝之進に届きました。
 
塚の局:「孝之進さん 何か分かんないけど一緒に練習できるソフトがあったよ」
 
何か違うものをググっていて偶然見つけたようでした。
 
孝之進:「良く見つけたね!! これは良いよ 使える。」
 
パソコン・IT関連に強い孝之進は大喜びでした。
 
そして数日後 メンバー全員が集まりました。 ・・・と言っても
 
        ● 「STAY HOME」なのでリモートミーティングです
 
           ○ えっ?! リモートミーティングってパソコン使って?

 
           ○ 高齢者のメンバーに理解できるの?

 
思い出話 59 【 コロナ禍で何を見て生きるのか 】
 
昭和の時代のおじいさんが、今流行りのリモートミーティングを始めようとしています。
 
もちろん言い出しっぺは孝之進。昔と何にも変わっていません。
 
事前に孝之進がテストを行い、当日はスムーズに開始できるかと思えば・・  案の定!
 
声だけの人 途中で消えてしまう人 顔だけの人 フリーズする人・・・ 始まるまでに30分。
 
    ●こんな楽しいお遊びの後 再結成に向けた練習方法のミーティングが始まりました。
 
仁之助:「今使ってるZoomでは練習出来んの?」
 
滋之丞:「あかんのやわ〜 同時に声が出せんで・・」
 
孝之進:「それと 遅延が起きるんだわな・・」
 
正衛門:「遅延って どう言うことぉ?」
 
孝之進:「じゃあ 俺がギター弾くので滋之丞歌ってみて」
 
滋之丞が歌って孝之進がギターを弾くと 明らかにギターが遅れて聞こえます。
 
孝之進は聞こえてきた歌に リアルタイムで弾いているのですがみんなには遅れて聞こえるのです。
 
塚の局:「これが遅延っていうことなんだぁ」
 
孝之進:「そうなの! そこで塚の局が見つけてくれたソフトが使えるのよ!」
 
・・・とは言え このソフトにはオーディオインターフェースと言う機械が必須で、機材を買わなくてはいけません。
 
もちろん孝之進は、趣味の音楽制作の延長線上で以前から揃えているのですが・・
 
        ● メンバーには安い買い物ではありません
 
        ● コロナ禍 全員が集まらずに練習できるのはこの方法しかありません
 
           ○ どうするの? 機材は?
 
           ○ それとも 再結成は挫折! コロナに負けるの?

 
思い出話 60 【 立ち向かうために・・ 】
 
パソコンに精通している人物がもう一人いました。滋之丞です。
 
早速必要機材を調達し、更に使い勝手のよいサイレントドラムを準備!
 
        〇 孝之進との初音出しは・・・     大成功でした。
 
同じ場所で音出ししているのとほぼ変わらずに演奏できます。
 
    ●かえって リズムの遅れがわかってしまうくらいです。
 
滋之丞:「いいねぇ これ 使えるわ」
 
孝之進:「後は他のメンバーが揃えてくれれば問題なし!」
 
まったく パソコン系には弱いと思っていた正衛門は、意外なところからの助っ人で・・
 
オーディオインターフェースを持っていて、すぐに仲間に加わることができましたが・・
 
正衛門:「滋之丞、孝之進 元気ぃ・・」
 
と言った瞬間 「デュオン」と言うアラームが鳴っていなくなってしまいました。
 
孝之進:「あれっ?! 正衛門!   消えた?」
 
滋之丞:「消えた、消えた。通信が悪いんやわ・・・」
 
そうなんです。インターネット環境が悪く、つながっても負荷がかかるとすぐに途切れてします。
 
この日は「デュオン」「デュオン」が鳴り響く中での滋之丞と孝之進だけの練習が続きました。
 
    ●こんな状態で コロナに立ち向かえるのかな?
 
        ● やっぱり高齢者には無理な選択なのかしら!
 
        ● でもコロナ禍 練習できる方法はこれしかありません
 
           ○ どうするの? みんな?
 
           ○ 正衛門さん 仁之助さん 塚の局さん頑張って・・・

 
思い出話 61 【 SYNC ROOM(シンクルーム)】
 
正衛門は早速 パソコンを買い替え、インターネットプロバイダーも変るように動き始めました。
 
滋之丞はミキサーを買って、仁之助と塚の局が一緒に練習できる環境を提供しました。
 
    ● 流石 リーダーです
 
滋之丞:「これで家に来れば 全員で練習できる環境はできたよ」
 
孝之進:「よかった。よかった。じゃあ練習日を決めて定期練習しよ!」
 
塚の局が見つけたソフト「NET DUETTOβー」は7月から「SYNC ROOM」に変更され・・
 
更に使い勝手が良くなり、いいタイミングでの導入でした。
 
正衛門:「滋之丞、孝之進 元気ぃ・・」
 
と挨拶してからも途切れることなく、全員で練習ができるようになりました。
 
 〇40数年前 孝之進のやね裏部屋でみんなで練習した時のあの感覚です。
 
仁之助:「たいしたもんだよね?」
 
滋之丞:「離れてても同時に練習できるんやもんね」
 
正衛門:「みんな一緒にって言うところがいいねぇ」
 
孝之進:「個人練習はちゃんとしておいてよ」
 

  YAMAHA SYNCROOM(シンクルーム)

 
 のおかげですね。
 
        ●さぁこれから “など” の練習に成果が現れるのでしょうか?
 
           ○ “など”再結成の演奏場所は?
 
           ○ 愛知県? それとも東京? コロナ禍での選択は!

 
思い出話 62 【 再結成イベント会場は?】
 
 2020年 9月・・・ また 台風の季節がやって来ました。しかもコロナ禍で・・
 
今年は 伊勢湾台風より大きな台風が、やってきそうだとニュースで流れています。
 
伊勢湾台風! 正衛門 滋之丞 鈴之助 孝之進は、まだピカピカの小学1年生でした。
 
でも その怖さだけは体が覚えています。
 
このころは お互いが10数年後に巡り合うことは予想だにしていなかったでしょうね
 
   ●そんな中 相変わらず孝之進は台風のことよりも再結成の会場を探していました。
 
その性格は何年経っても変わっていません。音楽の事になると戻ってしまうんですね。
 
滋之丞:「なかなか こっちにはいいところがないよ」
 
孝之進:「見つけたよ、 最高の場所を!」
 
Zoomがすっかり板についたメンバーとの5回目のミーティングの時でした。
 
正衛門:「どこ? あんまりお金もかからずにある程度満足できる会場は?」
 
孝之進:「ケネディハウス銀座!」
 
仁之助:「東京?! そんなとこまで行くの?」
 
滋之丞:「ケネディハウスなら音響的に何も問題もないけど、いくらかかるの?」
 
孝之進:「そこそこかかるけど、その心配はしなくていいから」
 
正衛門:「どう言うこと?」
 
孝之進:「みんなは4日間くらいの日程で東京へ来てもらうので、旅費がかかる。」
 
        ●孝之進の提案でZoomミーティングは盛り上がり・・・
 
           ○ “など”再結成の演奏場所は「ケネディハウス」で決まるのか?
 
           ○ それとも???

 
思い出話 63 【 初めての大忘年会】
 
 2020年 12月・・・ コロナは第3波で、東京は新規感染者が1000人を超えそうな勢いです・・
 
そんな中 “など” 解散依頼初めての忘年会が、しかもリモートでおこなわれました。
 
滋之丞は椎間板ヘルニアを発症し、足がしびれてドラムが叩けなくなり、
 
正衛門は大事な人が入院中で、孝之進はこの大忘年会の朝ぎっくり腰が再発。
 
みんな大丈夫なの? 若くないんだから無理しないようにね!
 
塚の局は仕事で不参加でしたが他のメンバーはそんな中でも元気に参加です。
 
   ●鈴之助、正衛門、滋之丞、仁之助、孝之進、みんな口は元気です。
 
滋之丞と孝之進は18:30から飲み始め、19:00から鈴之助が参加、いい心地になったあたりから
 
正衛門:「遅うなりました。カンパーイ!」
 
孝之進:「カンパーイ! やっと全員揃ったね」
 
と言った瞬間・・
 
仁之助:「鈴之助さん 寝てない?」
 
滋之丞:「さっきから動い取らんよ」
 
鈴之助:「寝取らんわぁ・・」
 
と鈴之助が目を覚まし、みんなで大笑いした後
 
孝之進:「それじゃもう一度、皆の健康に乾杯!」
 
   ●そこそこ慣れてきたインターネット飲み会はどんどん盛り上がり・・・
 
      ●なんと! 23:00まで続きました。
 
       ○ 今まで一度もやったことの無い忘年会がコロナ禍のおかげでできたのです。

 
       ○ 皮肉なものですね。でもこの後年末には2000人超えになってしまいました

 
思い出話 64 【 明けましておめでとうございます。】
 
 2021年 元旦・・・ 新しい年の始まりです
 
           ○ コロナ新規感染者はと言うと、ついに2,500人超えです。

 
相も変わらずメンバーは全員 巣ごもり状態の毎日が続いています。
 
練習開始は何時からなのか孝之進も決めあぐんでいます。
 
それは 関東圏にも中部圏にも緊急事態宣言が発令されたからです。
 
でも そういう時のために例のシステムをそろえたんじゃないの? 孝之進!
 
        ●孝之進は何を考えているのか?・・・
 
          ●他のメンバーの思惑は?
 
           ○ 今年こそ再結成は出来るのか?

 
           ○ コロナ禍は続く・・
 
思い出話 65 【 また思い出が増えていく@ 】
 
 2021年 3月・・・ 孝之進にとってまた切ない思い出が増えました
 
季節を感じないまま通り過ぎっていった2020年。「などの思い出話」も、たったの6話だけ
 
1972年から1975年の 「などの思い出話」は57話もあったのに、本当に寂しい1年でした。
 
 そして2021年が始まりましたが2月から緊急事態宣言。そして延長!
 
 孝之進が大人になってからの熱い居場所「ケネディハウス」もライブが行えません。
 
何とか2020年から配信が始まったので、自宅で配信に合わせてギターを弾き、歌い、踊り・・
 
   ●別の意味で、孝之進は自宅がライブハウスになっていました。
 
相変わらず切り替えが早いこと! 
 
でもライブの肌感がないから、実はつまらないんだよね! 孝之進は・・・
 
 そして 緊急事態宣言が解除され入場可能なライブが始まった途端・・・
 
   〇ある出来事が起こりました。  それは・・・

 
     ●えっ! 孝之進が騒ぎ過ぎて出入り禁止になったのぉ?

 
     ●入場可能になったケネディハウスで何が起きたのか! 再結成は? ・・・つづく

 
思い出話 66 【 また思い出が増えていくA 】
 
 1980年 4月・・・ 孝之進の東京デビューの年です。
 
 4月 5月の2ヶ月間は 新宿厚生年金会館に宿泊し、孝之進は東京を学んだのです。
 
・・・ではなくて、仕事を学んだんでしょ! 仕事を! 相変わらずなんだから!
 
その会社はユニークな人材の集まりでした。もちろん孝之進もユニークですが・・
 
 孝之進と特に気が合ったのは、ブルーコメッツのぼうやをやっていたという星の助
 
井上さん、高橋さん、綱木さんの3人が脱退し女性ボーカル二人が入った新星ブルーコメッツ
 
その女性ボーカルの一人、カルメンと星の助は広島の同郷で仲が良く、
 
星の助と孝之進は名刺交換をしたその日に六本木へ飛んでいきました。
 
そしてカルメンを紹介してもらい・・
 
カルメンの彼がいる六本木ケントスへ連れて行ってもらうこととなりました
 
  ●それがバンド活動を封印していた孝之進の音楽好きに、火をつけてしまったのです
 
   〇それ以来 東京に出張になると、泊っている間は毎日ケントス通いでした。
 
     ●1983年の週刊現代の記事を読むまでは・・・

 
     ●1983年? ケントスとケネディハウス  どうつながっていくの?

 
思い出話 67 【 また思い出が増えていくB 】
 
 1983年・・・ 名古屋の喫茶店で週刊現在のラストページの記事が目に入った孝之進。
 
 思わず「うっそ」と声を上げていました。
 
記事の内容は 元ワイルドワンズの加瀬邦彦さんがライブハウスを始めたという内容でした。
 
そうなんです。  それこそが、あのケネディハウスだったのです。
 
中学2年でエレキを始めた孝之進は、ブルコメの綱木さんでギターを弾いて歌うことに憧れ・・・ 
 
ワンズの植田さんでドラムを叩いて歌うことを覚えたのです。
 
テレビを見て覚えたドラムは、画面と同じように叩くので左利きになってしまいました。
 
好きで好きでたまらないワイルドワンズ! まぁその話はまたの機会にお話するとして・・
 
次の出張の時 孝之進は六本木ケネディハウスでスーパーワンダーランドを見ていました。
 
そして 38年経った今も通い続けることになったのです。
 
  ●リーダー司さんのMCで進行していくステージは “など” のイメージに似ていたのです。
 
   〇それ以来 東京に出張になると、泊っている間は毎日ケネディハウス通いでした。
 
     ●六本木ケネディハウスがなくなり、銀座ケネディハウス1本になった時から・・
 
      ●孝之進は東京の人になっていました。  えっ!! 東京に来ちゃったの!

 
思い出話 68 【 また思い出が増えていくC 】
 
 38年間孝之進が通い続けているケネディハウス。なぜそんなに通い続けられるのか?
 
 演奏はもちろんですが、スタッフのスキルの高さが居心地を良くしてくれていたからです。
 
そんなスタッフの中でも群を抜いてアットホーム感を維持していた、友太夫と佳奈奴が・・・
 
2021年3月をもってケネディハウスを離れて行きました。
 
 コロナ禍での突然の出来事! 孝之進は届いたメールに目を疑いました。
 
そこには友太夫の毅然とした熱い思いが綴られていましたが、
 
孝之進には息子・娘が旅立っていくような・・ 切ない思いが胸いっぱいに広がっていました。
 
加瀬さんが亡くなり、友太夫が守ってきたケネディハウス・・・
 
一つの時代の転機が訪れているのかもしれません。
 
  ●100年に一度のパンデミック!
 
   〇時代は我々に変化を求め・・
 
    〇変化することでアフターコロナの時代を築こうとさせているのか?
 
     ●孝之進も着々と変化を開始しています・・・

 
     ●孝之進! 何を始めるの・・?

 
思い出話 69 【 ケネディハウス 】
 
 38年間孝之進が通い続けているケネディハウス。
 
 今回は「ケネディハウス」の名前の由来を説明しましょう。
 
っと偉そうに言っても、SWLのリーダ上田司さんの受け売りですが・・
 
実は加瀬邦彦&ザ・ワイルドワンズがデビューした1966年
 
当時の若者たちのファッションは
 
  VAN、JUNなどのアイビースタイルが渋谷、新宿などであふれていました。
 
もちろん孝之進もVANの袋を小脇に抱えて歩く田舎のアイビー少年でしたが・・
 
ワイルドワンズのレコードジャケットもメンバーのアイビールックの衣装が印象的でしたね
 
ケネディハウスを立ち上げる時、創業者の加瀬邦彦さんが
 
アイビーの象徴はジョン・F・ケネディ大統領、ジョン・F・ケネディを一番にイメージして
 
お店の名前を「ケネディハウス」と名付けたのだそうです。

 
  ●ケネディハウスの名前の由来はわかりました?
 
   〇次回はスーパーワンダーランド(SWL)のお話をしましょう
 
思い出話 70 【 スーパーワンダーランド(SWL) 】
 
 今回はケネディハウスのハウスバンド「スーパーワンダーランド」のお話です
 
 何故孝之進がスーパーワンダーランドを大好きになったのかと言うと・・
 
"思い出話67"で少し触れましたが、演奏がうまいこと、音のバランスが良いこと、に加え
 
リーダーの上田司さんのMCを挟みながら進行するスタイルは
 
“など” のステージとよく似ていたからでした。
 
孝之進がグループサウンズに巡り合う前までの間で、バンドで好きだったのは
 
ハナ肇とクレージーキャッツ。特に谷敬さんの大ファンで、
 
そう あの「がちょ〜ん」が大好きでした。
 
そんなコミックバンド大好き少年が、自分でMCを始めた時に思ったことが
 
演奏の間に笑い(お客さんとのコミュニケーション)を挟み、会場を盛り上げる事だったのです。
 
それが場を踏むごとに、笑いの間に演奏があるくらいになっていましたが・・
 
 もちろん もう演奏はしていない孝之進でしたが
 
  ●何故かSWLを見ていると自分たちが演奏しているような気分になっていたのです
 
   〇そして正衛門も滋之丞も鈴之助も遊びに来るとSWL大好きになって帰っていきました。
 
38年の歴史の中で、SWLのメンバーも大きく変わりました・・・ が
 
2021年 現在のメンバーは孝之進が一番安心して楽しめるメンバーです
 
そして 「Koji Friend Band From NADO」の大切な仲間です。
 
  〇孝之進もこのメンバーとはいつまでも一緒に歳を重ねていける仲間だと思っていました
 
   ●つい この間までは・・・ 本当に この間までは・・・
 
 
   ■5月19日(水) 思いもかけぬ訃報が届きました。
 
   ■上田司さんが逝去されました。
 
   ■享年 70歳
 
 古希のLIVE配信を3月に行ったばかりでした。
 
  〇ライブを見ている孝之進を打ち合わせなしでステージに呼んでくれて・・
 
   〇SWLと一緒に、いきなり「ブルーシャトー」を演奏する至福の時間が・・・
 
    〇まだ長く続くはずだったのに・・・

 
  ●その演奏はこの日から 孝之進のかけがいのない思い出に変わってしまいました。

 
思い出話 71 【 最近どうなの? 】
 
 その日は 新宿ケントスで「寺内タケシとブルージーンズ」のライブでした
 
 そろそろ開演かなというタイミングで、孝之進はトイレで用を足していました。
 
最近 年のせいで近くなったからね・・
 
その時でした。隣に用を足しに来た人が突然・・・
 
 「最近どうなの?」と声をかけてきました。
 
「誰なんだろう、知り合いなんか今日はいないし」と思いつつ「はい?」と言って隣を見て・・・
 
その人と目が合った孝之進はちびりそうになりました。
 
何言ってんだか? もうちびっているのに・・・  クスっ
 
その人は なんと あの「寺内タケシ」さんだったのです。
 
  ●あのエレキの神様が 隣から話しかけてくれた!
 
「あっ おかげさまで元気です。今日のライブ楽しみにしています」
 
そう切り返すのがやっとの孝之進でしたが、もう一言いたいことがありました。
 
 「握手してください」
 
  ●でも これだけは言えませんでした。二人とも用足ししている真っ最中なのですから・・
 
   〇ライブの席も 中央の2列目 寺内さんの正面で至福の時が過ぎて行きました
 
その後毎年神奈川県民ホールでの定期コンサートを見に行っていたのですが
 
寺内さんの認知症は歳を増すごとに進行し・・ 孝之進も歳の辛さを噛みしめるようになりました。
 
 
 
   ■6月18日(金) ニュースを見て愕然としました。
 
   ■寺内タケシさんが亡くなられました。
 
   ■享年 82歳
 
思い出話67でお話しましたが
 
中学2年でエレキを始めた孝之進は、ブルコメの綱木さんでギターを弾いて歌うことに憧れ
 
ワンズの植田さんでドラムを叩いて歌うことを覚えたのですが、 実は・・・
 
中学2年でエレキを初めるようになったきっかけは、
 
寺内さんのエレキでのインストメンタルでした。
 
そして コードが弾けるようになって、ブルコメの綱木さんに憧れるようになったのです。
 
  〇トイレでの「最近どう?」のエピソードは孝之進の嬉しい思い出のひとつです。
 
   ●そして 今日も「雨の思い出」を練習する孝之進の顔が浮かんできます・・・
 
  〇作曲:加瀬邦彦 演奏:寺内タケシ 「雨の思い出」が孝之進は大好きでした。

 
思い出話 72 【 明るい話をしてみたい 】
 
 なんと コロナの新規感染者が5000人突破しました!
 
 2021の元旦には2500人超えで驚いていたのが嘘のようです。
 
  ●収まる訳ないよね・・ みんな他人事ように出歩いているんだもん
 
“など”のメンバーも生きるのに必死でだれも孝之進に連絡してこなくなりました。
 
 唯一「リハビリになるので」と正衛門だけ仕事の合間に連絡が入っていたのですが・・
 
その正衛門も最近音沙汰がありません。どうしたの正衛門?

 
  〇どうなる? “など” の再結成は?

 
でもそんな中 孝之進は朝から晩まで、と言いたいのですが、気の向いた時間に
 
「You Tube」で配信するミュージックビデオ作成に集中していました。
 
  ●オリジナルの作成と配信用ミュージックビデオ作成に気持ちを切り替えたようです。
 
再結成をあきらめた訳ではありませんが、メンバーの気持ちが乗ってない時もあるでしょう。
 
練習に集中するのは難しいです。何か夢中になれるものが見えてこないとダメなんですね
 
  〇「今年中に練習が再開できればOK!」
 
 孝之進も大人になったものです。と言うより もうとっくにお爺ちゃんだったね。
 
何はともあれ みんなが健康で笑って歌える日が来ることを待ってますよ。
 
中学2年でエレキを始めた孝之進は、もう68歳です。
 
いつまで歌えるのか、いやいや 立っていられるのかすらわかりません
 
  〇古希がせまっている今日この頃です
 
   ●あと 10年楽しく生きよう!
 
  〇作詞/作曲:ジュリアーノ・パパ 演奏:など 「また逢える日に」孝之進の新曲?

 
思い出話 73 【 さよならの海と春と貴方の匂い 】
 
「思い出話70」と「思い出話71」は寂しい話になってしまったので
 
「思い出話72」はちょっと明るめの話に切り替えたのですが・・・
 
また 孝之進にとって辛い一報が舞い込んできました。
 
  ●「さよならの海」「春と貴方の匂い」の作詞者である加藤邦夫くん。
 
  ● 通称 クニの訃報でした。9月11日 享年68歳
 
いつものソファーで横になってた彼は、突然帰らぬ人になったそうです。
 
 「手が痺れる!」「頭が・・ 痛い!」」の言葉だけ 残して・・・
 
彼もまた 高校の同級生でした。

 
「思い出話 1」でお話しした、解散したバンドのメンバーの一人が彼でした
 
そのバンドは、「思い出話 26」でもお話ししたように
 
ギター2本とウッドベースの三人編成で、もう一人のギター担当が クニ でした。
 
      ○♪ 何も言わずに ひとりでいると 愛〜した・・・♪♪
 
孝之進にとっては思いで深い曲「何も言わずに」の最初のパートナーで 
 
「思い出話 27」で紹介したように、“など” 最初のバラード「さよならの海」の作詞者でした。
 
その後2年程音沙汰無しだったのですが、突然手紙と共に、久しぶりに詩が書けたと言って・・
 
「春と貴方の匂い」の詞を同封してきました。
 
 
  ●「前触れもなく唐突なのは最後まで変わらないなぁ」
 
そう 寂しく言うのがやっとの孝之進でした。
 
実は孝之進、久しぶりにクニにメールをしようと思っていたのですが
 
前の時も返事が遅かったので、直ぐには見ないと思い後回しにしていたのです。
 
その日が 亡くなる前日だったのです。
 
  〇この歳になったら 「後で・・」は無いんだと痛切に感じた孝之進でした。
 
2021年 コロナ禍で緊急事態宣言中 見送りもできません。
 
 
    〇 “など” のメンバーはまだ元気です
 
      ●「後で・・」と言って悔やまないように
 
        〇 前向いて 頑張ろう 精一杯!

 
思い出話 74 【 また楽しい日々が・・・ 】
 
2021年(令和3年)10月19日(火)ケネディハウス銀座で仲間が集合!
 
といっても、“など” のメンバーではありません。

 
コロナの新規感染者が二桁に下がり、ライブハウスも21:00までの営業が可能な中
 
孝之進のケネディハウス仲間「ケネディファミリー」が元気に集まりました。
 
  ●2020年2月以来の全員集合です。みんな元気でなによりです
 
でも孝之進はいささか緊張していました。慣れないマスク会食に・・

 
 スーパーワンダーランドのメンバーも元気ですが、そこに ・・・司さんはいません。
 
どの歌にも思い出があり、その線が繋がると、SWLもオーディエンスも涙がこぼれます。
 
そんな2時間の久しぶりに音圧を肌で感じたライブでした。

 
「ケネディハウス」は改装して ステージも広く音響もさらに良くなり
 
ソーシャルディスタンスを保てれるように、テーブルも大きくなり
 
      ○感染対策万全で楽しい音楽を楽しめます・・・♪♪
 
孝之進にとって、元気を貰い、ケネディファミリーとの絆を深めてくれた「ケネディハウス」 
 
Withコロナ、Afterコロナもこの場所だけは元気で続いてほしいと孝之進は思ってます。

 
    〇 “など” の再結成コンサートがやれるためにも

 
      ●「後で・・」と言って悔やまないように

 
        〇 前向いて 頑張ろう 精一杯!

 
思い出話 75 【 2022年が明けました 】
 
 2022年 ・・・ 新しい年の始まりです
 
 ○ 新しい年が始まってもコロナ新規感染者は 12,000(1/25現在東京)人超えです。

 
 ○ どこまで広がるのだろうか? 全国では62,000人超え! 100,000人も近い!
 
メンバーとは 2021年12月 感染者が一桁になった時に生存確認をしました。
 
孝之進が一時帰郷し、楽しい忘年会が開けました
 
正衛門、滋之丞、鈴之助、孝之進の4名です。
 
仁之助、塚の局には申し訳なかったのですが、4人以上の会食はNGですからね
 
来年もすぐに会いたいねと言って別れたメンバーですが・・・
 
        ●2022年もいつ会えるのか?・・・
 
          ●練習もできるのか?

 
           ○ 不安と期待が入り混じる年の幕開けです
 
           ○ コロナ禍は続く・・

 
思い出話 76 【 あれからもう一年が・・ 】
 
 2022年 5月19日 ・・・ 今日は上田司さんの命日です
 
 ○ 5月になってもWithコロナは続いています。

 
 ○ 孝之進も1月・2月と今まで体験したことにない出来事を経験しました!
 
そして孝之進は、司さんが亡くなってからケネディハウスへ行く機会が減りました。
 
音楽は楽しいのですが、何かが孝之進の中でケネディ行きを拒んでいるのです。
 
いつか仲間と大きな声で楽しめるケネディハウスを望んでいるのだろうか…?
 
そんな中 再結成を考えている “など” のメンバーの訃報が届きました。
 
2代目リードボーカルで「さよならの海」や「白い風船」を歌ってくれた…
 
 ■ 河姫が2022年2月2日(水)に逝去されました。享年68歳でした。
 
   心よりご冥福をお祈り申し上げます。
 
   ※思い出話21を読んで当時を偲んでください
 
  “など” の仲間から、初めての不幸な出来事が起こりました。
 
        ●やはり  急がなければ・・・  再結成は無理になる
 
          ●孝之進は多分そう思っているでしょう

 
           ○ 不安と期待が入り混じり古希を迎えるメンバー
 
           ○ コロナの中 生き残れるのか!

 
思い出話 77 【 50年前の手紙が見つかる!! 】
 
 2022年 9月11日 ・・・ 今日は加藤邦夫くんの命日です

 
 ○ 孝之進は2月に人生の節目となる経験しました!
 
 ○ それをきっかけに終活を初めた孝之進が見つけたもの!
 
 〇 それは 50年前に邦夫君が孝之進に送った手紙でした。
 
ほとんど見ていなかった昔のコンサートの資料の中から、譜面と歌詞が出てきたのです。
 
『それは20歳の時・・・
「春と貴方の匂い」の半年ほど後だったような気がする。』と 孝之進が言っていました。
 
   『 日向の匂いのする街 』
 
「えっ 匂いシリーズ」と笑って、裏面を見ると孝之進への手紙が書いてありました。
 
二人がおじいちゃんになって、酒の肴にして笑い話になる内容でした。
 
そして その後にこう記されていました。
 

  「この作品は自分で言うのもおかしいが実際傑作である。
 
   譜の書き方がおかしいかも知れんが、まぁ何とか読めるであろう・・・
 
   これはお前にプレゼントしてやる、感謝しろ!
 
   上手くアレンジしてやってみてくれ。」

 
当時の邦夫くんの、最大限の照れ隠しの言葉遣いであることを、孝之進はわかっています。
 
そして最後に赤ペンで「皆元気? 宜しく言っといて」と 本音が書いてありました。
 
「あいつらしい手紙だよ!」と孝之進は50年前を思い浮かべていました。
 
 ■ 50年ぶりに見つかった手紙と譜面
 
   プレゼントしてくれた曲をアレンジしないわけにはいきません。
 
   ※見つけたのは 8月27日 一周忌まで2週間 間に合うの? 孝之進?
 
        ● “など” の結成の時から、いつもギリギリなんだけど・・・
 
          ●50年経っても変わらないのぉ?

 
           〇 邦夫君が見て笑ってるよぉ〜
 
           ○ 「孝之進らしいよ。まったく変わってないなぁ」って言いながら・・・

 

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