1972年“など” と過ごした思い出話

 
       

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《このHPは 1970年代の愛西市と津島市 のアマチュア音楽シーンを懐かしむ所です》                  パソコン専用ホームページです。
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 “など” の思い出話W    ☆ そして月日は流れ続編 2023年〜

 
思い出話 78 【 2023年が明けました 】
 
 2023年 ・・・ 新しい年の始まりです
 
 ○ 新しい年が始まっても、またコロナ新規感染者は増えています。
 
 ○ でも 昨年とは変わって、みんな普通に行動し始めました。
 
 ○ With コロナが浸透し始めたのですね・・・
 
“など” のメンバーはと言うと、昨年の12月に伊豆旅行を実施していました。
 
残念ながら鈴之助と仁之助は都合で参加できませんでしたが
 
滋之丞が企画した旅行は、コテージに泊り、ギター弾き放題で最高でした。
 
みんなで歌いたい歌を久しぶりに大声で歌い、すがすがしい気持ちになっていました。
 
メンバー全員 本当はこれが一番やりたいのかもしれませんね。ステージに立つよりも・・
 
来年もすぐに会いたいねと言って別れたメンバーですが・・・
 
        ●2023年は、久しぶりに孝之進が帰郷します・・・
 
          ●それに合わせて全員参加の新年会が実施されます。

 
           ○ また ギター弾いて歌いたーい
 
           ○ でもコロナ禍は続く・・

 
思い出話 79【 12弦エレキ YAMAHA SG12 】
 
 2023年 最初の思い出話は「12弦エレキ・ギター」の思い出です。
 
 〇 12弦ギターといえば「加瀬邦彦」直ぐに加瀬さんが浮かびます。
 
加瀬邦彦&ザ・ワイルドワンズが「想い出の渚で」デビューした1966年11月
 
中学2年生の孝之進は、「思い出の渚」のイントロのギターの音に驚きました。
 
 〇初めて聞く12弦のギターのここち良い響きに…
 
そしてそれから18年が過ぎ、ケネディハウスへ通うようになり
 
毎日12弦ギターの音を耳にするようになってから更に12年が流れ、
 
孝之進が43歳になったある日のこと、ケネディへ行く前に立ち寄った銀座の山野楽器に なんと!
 
あの憧れの「 12弦エレキ YAMAHA SG12」が一本だけ陳列してあるではないですか!
 
「あのぉ  これ売り物ですか?」
 
半信半疑で尋ねる孝之進へ売り場の店員さんは
 
「はい。きょう午前中に最後の1本が入荷しまして、たった今ショールームに飾ったところです」
 
「ヤマハさんもこれが最後の1本だと言ってました」
 
想像だにしていなかった孝之進は 思わず
 
これ・・ 買います」と即決しました。
 
長年夢見た「YAMAHA SG12」 それは即決できるような価格ではなかったのですが・・

 
 〇 33年掛けて、 一つの夢が叶った孝之進でした。

 
  ● でも 孝之進の夢はここからまだ広がっていくのです。
 
  ● えっ! 12弦ギター買えて終わりじゃないのぉ
 
        〇 久しぶりに  次に続く〜〜
 
思い出話 80【 12弦エレキ YAMAHA SG12 A 】
 
孝之進は12弦ギターを買ったことを司さんに話しました
 
ビックリした司さんは大喜びで、即座に・・・
 
「孝之進さん それ貸してくれない!」と言ってきました。
 
「司さんに貸すのは問題ないけど、どうしたの急に?」
 
驚いている孝之進に司さんは
 
「今使ってる12弦が故障してどうしようかと思ってたところだったの、助かるぅ」
 
「了解ですよ。いつまででも使ってください。聴きにいきますから」
 
そう言って孝之進は翌日、12弦ギターをケネディハウスへ届けました。
 
そして それから半年ほどの間
 
 孝之進の12弦は…
 
 〇司さんと加瀬さんに弾いてもらい♪
 
   それを孝之進は客席で聴くという
 
 〇最高の時間を貰う事が出来ました
 
中学時代にあこがれた加瀬邦彦が、孝之進のギターを弾いて目の前に立っている。
 
 ● もしタイムマシンがあるのなら・・・ 
 
いつも自転車に乗って「夕陽と共に」を口ずさんでいた…
 
中学生の自分にこう言ってやると思います。
 
「今のままの 音楽大好きな 孝之進で生きて行けよ!」・・・と

 
 〇 なんか 昭和のテレビドラマみたい?

 
  ● でも 孝之進の夢はここからまだ広がっていくのです。
 
  ● えっー! 加瀬さんに弾いてもらって夢がかなったんじゃないのぉ〜
 
        〇 久しぶりに  またまた次に続く〜〜
 
思い出話 81【 12弦エレキ YAMAHA SG12B 】
 
半年後 ケネディの修理に出していた12弦が無事に帰ってきました。
 
そして 孝之進の12弦が戻って来る時に司さんから
 
「大切なギターのお礼がしたいんだけど、何がいい?」
 
 と言われた孝之進は即座に・・・
 
加山さんのサインがほしいなぁ」 と
 
加山さん? 加瀬さんじゃないの!」 と司さん
 
加瀬さんの12弦に加山さんのサイン いいでしょう」
 
相変わらず孝之進らしい発想です。
 
そして一か月後の夜
 
ケネディから司さんに自宅まで送ってもらい、ギターケースを開けてみると
 
 〇 そこには加山雄三のサインが書かれた12弦が・・・
 
〇 加瀬さんと同じ12弦ギターが買えた事
 
〇 その12弦ギターを加瀬さんが弾いてくれた事
 
〇 そして加山さんのサインがもらえた事
 
この三つの軌跡は孝之進の音楽人生の誇りです。
 
そして その日から27年が経った12弦ギターは と言うと
 
● 加山さんの「加」と雄三の「三」だけが残る
 
● 本当に弾き込んでいるギターが今も残っています。
 
フロントピックアップが故障しました。
 
今度は孝之進の12弦が27年振りに修理に出ます。
 
 

YAMAHA12_5a
 
YAMAHA12_3a
思い出話 82 【 2023年 新曲をリリース 】
 
 2023年(令和5年)7月・・・ コロナが流行って4年が経ち・・
 
マスクを外す人も多くなり、友達と集まる機会も増えてきました
 
孝之進と滋之丞は高校の「古希祝い会」に参加し、みんなの元気な顔を見る事が出来ました。
 

  そんな中で孝之進は新曲を完成させていました。
 

  ●「八月の青い空」と
 

 

  ●「五月の日記」の2曲です
 

 
配信は6月16日に海外も含め一斉配信されてますが、
 
YOU TUBEの「おじいちゃんの青春」には 7月9日にアップしましたのでご覧ください
 
今回は「八月の青い空」の作成秘話をお話します。
 
  ● この歌詞が出来たのは孝之進が中学2年生の時でした
 
それは二学期の中間試験 現代国語の時間でした。
 
回答を書き終わった孝之進は暇だったので、問題用紙の裏に詩を書き始めました。
 
テーマは広島の原爆でした。何かで見た戦争の写真のイメージが強く記憶に残っていて
 
水が溢れ出るように、言葉が次から次へと出てきました。自分でもびっくりした孝之進でした。
 
・・が ちょうど書き終えた頃!
 
「何書いてるの?」と言う声が頭の上から聞こえてきました。
 
しまった! 怒られる! ドキッとした孝之進でしたが、
 
「回答終わったんなら、ちゃんと見直ししなさいよ」と先生の声
 
ホットした孝之進でしたが、後日職員室に呼ばれて・・
 

           ○ 問題用紙持参で職員室? そりゃぁ 怒られるでしょ。

 
           ○ とりあえず 続く〜〜

 
思い出話 83 【 2023年 新曲をリリースA 】
 
 続きを書こうと思ったのですが、長くなるので次回にして・・
 

その時の詩のタイトルは「悪魔の原爆」でした。原爆を「ひ」と読むことで
 
文字数を5文字にして「あくまのひ」と語呂のいいタイトルにしました。
 
この詩を歌の歌詞にしようと孝之進は考えていたのでした。なぜなら・・
 
丁度その頃 孝之進はエレキギターを弾きはじめた頃だったのです。
 
 ●でも中学時代にこの歌詞が歌になることはありませんでした。
 
なぜなら エレキを弾いて歌うGSにどんどん興味が移り、曲作りは消えてしまったからでした。
 
 まあぁ 中学生だからねぇ 特に飽き性の孝之進ならなおさらだよね
 
それから二年が経ち、高校生になった孝之進は最初のフォークグループに参加していました
 
その日は放課後の教室で一人ギターを弾いていて、ふと「悪魔の原爆」のイメージが湧き、
 
曲を書き上げましたが、歌うチャンスは無く、
 
 ●また忘れ去られてしまいました。
 
 ●余談ですが、この翌年に「白い風船」が完成しているのです
 
そしてこの日から 50数年を経て70歳になった孝之進が「悪魔の原爆」を完成させました。
 
タイトルは「八月の青い空」に変更になり、歌詞も一部手直しをしました。
 

 13歳の孝之進が書いた詞に 15歳の孝之進が曲をつけ 70歳の孝之進が完成させた楽曲
 

   〇おじいちゃんの思い出を大切にしていきたい と思った孝之進でした。


 
思い出話 84 【 中学時代の思い出話し 】 思い出話82からの続きです
 
 職員室へ呼び出された孝之進は! 担任の山田先生に・・
 
「孝之進君 何を書いていたの! その紙見せて?」
 
そう言われた孝之進は、裏に書いた詩を、恐る恐る先生に見せました。
 
「へぇえ こういう事好きなの?」と先生は呟きました。
 
怒られるとばかり思っていた孝之進はちょっとホッとして
 
「歌にできたら面白いかなって思って書いてみました」と答えると
 
「わかったよ。だけど試験中や授業中は止めようね」と先生は言い、続けて
 
「最近 エレキギター弾いてるんだって?」と聞いてきました
 
えっ 何で知ってんだろうと思いながら「夏ごろから弾いてます」と答えると
 
「エレキギターだけは止めなさい。あれは不良のやることだから!」
 
今は笑い話にしている話題が、まさにこの時は真面目な注意だったのです。
 
「ギターが弾きたければクラッシックギターにしなさいね。わかった?」
 
「高校の入試が終わるまで弾いちゃだめだよ」と言われて解放されましたが、最後に一言!
 

  ● 家まで見に行くからね!
 

この一か月後 本当に家まで見に来て・・ まさに弾いて歌ってるところを見られてしまいましたが
 
その後は何も言われず、月日は過ぎ、孝之進は3年生になり担任も代わり、無事高校受験を迎え、
 
合格発表後に学校へ報告に行った孝之進が、担任の細田先生に合格を伝えていると、
 
  ● 「合格おめでとう。思う存分音楽やりなさいね、必ず聴きに行くから・・」
 
と突然山田先生に声を掛けられ、教頭先生には
 
  ●がんばって CBCラジオにでも出てみろよ。楽しみにしてるぞ!
 
と肩を叩かれ、孝之進の中学生活は終わりました。
 

普通の中学校生活でしたが、この2年生の時の出来事が一番心に残っていると孝之進は思いました。
 
 ・孝之進の4人グループは、毎週土曜日の午後は掃除当番をさぼって学校を抜け出し
 
  「これが青春だ!」の再放送を、近くの仲間の家で見てから部活に参加したり・・
 
 ・違うグループは、木曽川に架かる鉄橋を歩いて渡り、川に落ちて高校生に助けられたり・・
 
 ・ある仲間は自転車の片手運転(ハンドルの右側を左手で持つ)で田んぼに突っ込んでいったり・・
 
 ・最後は「2年D組お別れ会」で、仲間5人と楽器を使って「銀色の道」を演奏できたり・・
 
  ●楽しい楽しい一年 おじいちゃんの思い出でした
 

       ○ 「八月の青い空」の歌詞の話しを書いていたら色々思い出してきた孝之進

 
       ○ 年寄りは 昔のことは良く覚えていますね

 
思い出話 85 【 2024年 明けましておめでとう 】 
 
 月日の経つのは早いものです・・
 
あっという間に年が明けました
 
そんなことはないでしょう? 歳をとったから生き急いでいるんじゃないの孝之進?
 
孝之進は2023年の夏くらいから、こんなことを考えていました。
 
70歳の間に やりたいこと、それも自分だけでは決してできない事をやってしまおうと・・・
 
それは長い間やっていない 「高校・中学校・小学校のクラス会」でした。
 
クラスメイトの尽力で、10月に高校のクラス会。11月に一週間違いで中学校と小学校のクラス会を楽しめました。
 
最高の友に会えた貴重な時間でした
 
そして2024年はついに8月に “など” の再結成が実現出るかもしれません
 
この年を逃したら、もうできないと孝之進は思っています。
 

  ● ケネディハウスで開催!
 

  ● メンバー全員参加
 
この二つが重要なテーマです。
 
  〇最後の力を振り絞って楽しいライブをやりましょう。孝之進!
 

       ○ 71歳から新しい生き方を模索し始めた孝之進

 
       ○ 年寄りにまたの機会はないからね!

 

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